広瀬は高校3年にもなり、18歳にもなった事もあり学校へメモリアル的なものを

残したくなっていた。

「汗かいて青春ってモノがやりたいな」

 

バレー……違う。バドミントン……これも違う。

そうだ、女子ボクシングってあったっけ。旧校舎だ。

漫画の主人公のように燃え尽きてみたい! と広瀬は思いながら

廊下を走った。

 

ヒョイと覗くとそこは男子ボクシング部だった。

「ってことは隣かな?」

またヒョイと覗いてみる。

 

一人? 一人の3年生のピンバッヂを付けている生徒が床を水拭きしている。

 

「あの、3年生の広瀬って言うんですが、ここは女子ボクシング部ですか?」

 

女性は、ハァーとため息をついて言った。

「今年で廃部。人が集まらなくてね」

 

「そう・・・・・・なんですか……それじゃあ」

「ちょいまち!」

その生徒に広瀬は呼び止められる。

「せっかくだからちょいとスパーでもしない? 三年生のバッヂ付けてるから

思い出に汗かきたかったんでしょ?」

 

図星だった。広瀬はコクリと頷く。

 

「私は高瀬。あなたは?」

「広瀬です」

「名前、似てるね」

「へへへっ」と広瀬は何故か照れ笑いをした。

 

「あ、うん。でもジャージしか無いよ。」

「それはね……こうやって」

高瀬はドアと窓を閉めて鍵をかけた。

 

「これで良し。ブラとパンツでやろうか」

 

「ええっ!?」

 

「え? オンナノコ同士だからいいじゃん」

「まあ……そう言われればそうですけど。」

 

 

それからすぐに二人は制服を脱ぎだした。

彼氏も出来たことのない広瀬は自分が下着姿になった事で赤面する。

 

「わっ!」

広瀬は少し叫んだ後、すぐに口を塞いだ。

高瀬の脇の毛が伸ばしっぱなしのように見えたからだ。

それがわざとなのか、ただずぼらで剃っていないのかは聞けなかった。

さすがに初対面の人に理由を聞くわけにはいかない。

 

ゴングを鳴らす席も無いしレフリーもいない。

「軽いスパーだからね、打っておいで」

「ん、むぐっ!」

広瀬の口には白いマウスピースが詰め込まれており上手く喋ることが出来ない。

しかも違和感が口に広がり、やたら唾液の分泌量が増える。

 

高瀬は軽くやっているのだろうが、広瀬にとっては一発一発が重かった。

とはいっても激しくダウンさせられるようなパンチは飛んでこず、二人とも良い具合に汗ばんできた。

だが体力的に広瀬は全くの素人なので息がひどく荒い。

 

「はぁ……はぁ……プフッ!」

口の中の違和感に耐えられず、広瀬の口からマウスピースが吐き出される。

それはボトーンと少し硬い音をたててワンバウンドするとコロコロと転がって行った。

 

「そんなに口の中がマウスピースで不快だった? 慣れってあるんだねぇ」

そう言って高瀬はスパー再会とばかりに打ち込んでくる。

「きっつー! クリンチってやつをしちゃおう」

広瀬は思い切り相手に抱きついた。

「ひー、疲れた、疲れた」

一人でヒィヒィ言っていた広瀬だが、気がついた事がある。

妙に甘酸っぱい、汗の匂いと何となく、すえた匂いが強くする。

顔を少しあげると、高瀬の脇が目の前にあった、汗でモワッと熱気を放っている。

何となく風呂上りに見た自分の陰毛のように、少しふやけたように見える。

それほど凝視しているのに高瀬は気づいていないようだ。

 

それは決して「臭」くは無く、かといってフルーティーなコロン香りのように人工的な

甘さでは無く、むしろ野生的な匂いだった。

フェロモン的な物質でも入っているのだろうか?。

 

「ああ、それね」

高瀬はそう呟いた。「腋毛」というより「それ」の方が的確な呼び方だなと広瀬は思った。

 

「伸ばしてるとひたすらモテるんだよね、フェロモンでも出してるんじゃないかって程ね」

 

「そ、そうなんですか」

慌ててクリンチを解くと、広瀬は少し距離をおいた。

魅入られそうになり頭がクラッとしたからだ、高瀬を改めてよく見ると

何とも羨ましいプロポーションで、腋毛が逆に映えて見える。

 

(もう一度嗅ぎたい)

広瀬は自分の吐き出したマウスピースを口に咥えながらそう思った。

だが、ただクリンチするだけでは変態だ、今考えている事も変態だが

ヘトヘトになるまでとりあえず打とう、そしてフラフラになったらクリンチしようと考えた。

 

がむしゃらにパンチを振り回す。

「おーっ、やるね!」と高瀬はそれを避けたりブロックしたりとダメージを受けない。

広瀬はすぐにヘトヘトになり、その場に崩れ落ちそうになる。

「廃部にはなるけどさ、こっそりここを使って毎日スパーリングやらない? 青春らしくさ!」

それはいいなと広瀬は思った。何も「部活」という事場に縛られなくても良いのだ。

 

「はい、やってみます!」

 

「じゃあ洗礼だね」

そう言うと高瀬は本気で右、左とジャブを打って来た。

唾液がブブッ、ブビュッと左右へ散る。

「で、これがボディの苦しさ」

 

ずむっ……。

 

広瀬は、これは胃液が出るなと音もなくオエッと舌を突き出した。

胃液のかわりにマウスピースが吐き出され、トーンと部室に跳ねる音が響いた。

 

(クリ……ンチ)

広瀬はよろよろと歩きながら高瀬に抱きついた。

さっきより汗をかいたらしく、酸っぱい匂いだけが更に強くなっていた。

「ああ……」

嘆願するような声を広瀬は出して、高瀬の脇の茂みへ鼻を突っ込んだ。

さらに濃厚な匂いがする。男は脇から漂うこの匂いに翻弄されているのだと広瀬は実感した。

 

「うげ……」

今喰らったボディのダメージが来た。透明な胃液をバシャバシャと嘔吐すると

広瀬はそのままズルズルとクリンチの状態からずり下がり、マットにはいつくばった。

 

後のことは覚えていない。

 

ただ、毎日毎日負けようが広瀬は高瀬とスパーリングを続けている。